インディアン水車

インディアン水車について

水車の設置は例年7月中旬、捕獲開始は8月21日頃です。捕獲終了は12月中旬頃となります。 設置時期、捕獲期間は年によって変わりますので、ご確認下さい。
年間およそ20万尾のサケを捕獲するこの捕魚車は、ふ化事業に用いるサケの親魚を捕獲するため、秋だけ設置されます。
捕魚車を管理しているのは、一般社団法人 日本海さけ・ます増殖事業協会。
捕魚車によりサケを捕獲するのは、あくまで増殖事業のためであって、観光のためではありません。
とはいえ、今やすっかり千歳川の秋の風物詩となり、千歳市民をはじめ、多くの人々が見学に訪れています。

捕魚車の仕組み

魚取り

金網を張ったカゴになっていて、川の流れに従って1分間におよそ4~5回転し、遡上(そじょう)してきたサケをすくいあげます。現在は、金網の部分に、ステンレスを使用しています。

魚落とし

魚取りにすくいあげられたサケは、水車の回転に従って上部へ運ばれ、魚落としへ落下します。すると、魚落としがすべり台の役目をして、サケが捕魚車から生簀(いけす)に落ちます。この魚とりと魚落としの一連の動きにより、連続的にサケを捕獲します。

刎板(フンバン)

川の流れを効率よく受けて、水車の回転をより早くするため、魚取りの左右に取り付けられた板です。

水箱

現在の捕魚車には付いていませんが、以前は12月を過ぎてもサケを捕獲していたため、車軸が凍り付き動かなくなってしまうことがありました。そこで刎板に箱を取り付け、回転によって絶えず車軸などに水が注がれるようにし、凍結を防いだのです。この箱のことを水箱と呼びます。

捕魚車の構造

他の河川では使えない?

日本において捕魚車によるサケの捕獲は、北海道では豊浦町・貫気別川や、標津町・標津川などでも行われています。どちらも「インディアン水車」と呼ばれ、サケのそ上時期には好評を博しているようです。しかし、これらは水車といっても電動モーターを動力としています。純粋に水力だけで回転するのは、千歳川と青森県おいらせ町・奥入瀬川の2ヶ所のみとなっています。
水車が使用できる川は、水量の安定が不可欠です。水車が回らなくなってしまう渇水や、サケが柵を越えて遡上してしまうような増水がたびたび起きるのでは、効率の良い捕獲はできません。
千歳川は上流部に支笏湖があり、さらにそこから5つの発電用ダムがあることによって、水量がほぼ安定しているので、この漁獲方法が使えるのです。
ただあまりにもそ上数が多かった日(1日に3万尾以上!)は、その重みで水車が回らなくなってしまったため、人力で回したこともあります。

歴史

インディアン水車設置の歴史

「インディアン水車」は、のちに北海道庁初代水産課長となった「伊藤一隆(いとうかずたか)」が明治19(1886)年、水産事情調査のためにアメリカに渡った際、西海岸のコロンビア川で実見し、日本に紹介したのが始まりです。 明治20年に帰国した伊藤は、自ら千歳川の調査を始め、古くからサケの天然産卵場として知られていた千歳郡烏柵舞村(うさくまいむら)字ルエン(現在の資源管理センター千歳支所の辺り)を、ふ化場建設の地に選定しました。そして1888年、千歳川でサケのふ化事業が始まったのです。

伊藤 一隆

しかし、当初から親サケの捕獲に捕魚車が使われていたわけではありません。千歳川で初めて捕魚車が使用されたのは明治29年(1896年)11月。ルエンにあった採卵場を10㎞ほど下流の千歳駅逓所(とんしょ;現在の千歳橋上流)に移転した際に導入されました。 明治30年には現在の根志越に移動し、様々な改良が重ねられて現在の姿になりました。そして平成6年、千歳サケのふるさと館オープンにあわせ、今の場所(千歳市花園)に設置されたのです。

初期の捕魚車

根志越にあった頃のインディアン水車 (1990年10月撮影)

「インディアン水車」の名の由来

伊藤一隆が日本にこの漁法を紹介したとき、水車は「捕魚車」と呼ばれていました。「インディアン水車」という呼び名が一般化したのは昭和46(1971)年頃からのようです(鮭の文化誌(1982)/北海道新聞社)。 しかし北アメリカにおける捕魚車の発達を調べてみると、その起源は少なくとも原住民族ではなかった(千歳川の捕魚車の発達に関する若干の考察(1992)/山田健/北海道開拓記念館調査報告 第31号)ことがわかってきました。 またコロンビア川でサケ漁に従事したのは、フィンランド、ノルウェー、デンマークなどの北欧から移住者およびその子孫だったようで、どうも原住民族がこの捕魚車を使っていたかのような「インディアン水車」という呼称は、その歴史について誤解を招きかねないもののようです。

こうした背景をふまえ、現在はその名前の由来を「インディアン地区があるコロンビア川で使っていたものであったということから付けられた」と解説し、なるべく「捕魚車」という名も紹介するようにしています。

捕獲数の推移

1888年から千歳川で始まったふ化事業ですが技術や経済的な事情から、ふ化事業の努力にもかかわらず日本のサケは200~500万匹を守るのがせいぜいでした。そうした低迷期が、ふ化場が誕生してからおよそ80年も続きます。 ところが1970年を過ぎてから、回帰するサケの数がどんどん増えだしたのです。これには研究の結果による数々の技術の転換があったのですが、それは「発明」などという全く別なものではなく、「自然の仕組みを見極める」ことにほかなりませんでした。 それからは5年で2倍づつの勢いで増え、現在は北海道だけでも7,000万匹に達しようとしています。しかも、以前は帰って来る率(回帰率)が1.0%以下だったのですが、現在は4~5%になっています。

この回帰率は「沿岸回帰率」のことを指しています。つまり、人間の定置網によって捕獲されたサケも含まれている数字なのです。網をかいくぐり実際に生まれた川まで戻っていけるのは、沿岸に戻ってきたサケの更に10分の1程度だといわれています。

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