インディアン水車

年間およそ20万尾のサケを捕獲するこの捕魚車は、さけ・ます人工ふ化放流事業に用いるサケの親魚を捕獲するため、秋の一時期だけ設置されます。捕魚車を管理しているのは、一般社団法人日本海さけ・ます増殖事業協会。捕魚車での作業は、あくまで増殖事業のためであり観光のためではありませんので、ご見学とタイミングが合わない場合があることもご了承ください。
とはいえ、今やシーズンともなれば千歳市民をはじめ、多くの人々が毎日のように見学に訪れる、千歳川の秋の風物詩としてすっかりお馴染みになっています。
水車の設置は例年7月中旬、捕獲開始は8月21日頃です。捕獲終了は12月中旬頃となります。
設置時期、捕獲期間は年によって変わりますので、ご確認下さい。ちなみに、2021年は7月18日に水車が設置され、2020年の水車撤去は12月10日でした。
水車での作業時間については、“Q&Aページ” の “Q12”をご覧下さい。

ライブカメラ

千歳川を見下ろすカメラです。
秋にはインディアン水車もご覧いただけます。

インディアン水車の見どころ

サケが次々と水車にかかるところをご覧になりたいのは、どなたも同じかと思いますが、これがなかなか思うようになりません。捕魚車は水力で24時間回り続け、産卵のため遡上しようとするサケが、カゴ状になった羽の部分に勝手に飛び込み捕獲される仕組みになっています。つまり、捕れるかどうかはサケ次第ということになります。
サケの大群が遡上する確率が高いのは大雨の後などで、多ければ1日に1万匹以上捕獲されることもあります。そのタイミングであれば時間を問わず、サケがどんどん水車にかかる様子をご覧いただけます。台風通過の翌日などは特に狙い目です。
また捕れたサケを生け簀から取り出し、雌雄選別してトラックに積み込む作業もなかなかの迫力です。こちらのタイミングについては、“Q&Aページ” の “Q12”をご覧下さい。

捕魚車の仕組み

魚取り

金網を張ったカゴになっていて、川の流れに従って1分間におよそ4~5回転し、遡上(そじょう)してきたサケをすくいあげます。現在は、金網の部分に、ステンレスを使用しています。

魚落とし

魚取りにすくいあげられたサケは、水車の回転に従って上部へ運ばれ、魚落としへ落下します。すると、魚落としがすべり台の役目をして、サケが捕魚車から生簀(いけす)に落ちます。この魚とりと魚落としの一連の動きにより、連続的にサケを捕獲します。

刎板(フンバン)

川の流れを効率よく受けて、水車の回転をより早くするため、魚取りの左右に取り付けられた板です。

水箱

現在の捕魚車には付いていませんが、以前は12月を過ぎてもサケを捕獲していたため、車軸が凍り付き動かなくなってしまうことがありました。そこで刎板に箱を取り付け、回転によって絶えず車軸などに水が注がれるようにし、凍結を防いだのです。この箱のことを水箱と呼びます。

捕魚車の構造

他の河川では使えない?

日本において捕魚車によるサケの捕獲は、北海道では豊浦町・貫気別川や、標津町・標津川などでも行われています。どちらも「インディアン水車」と呼ばれ、サケの遡上時期には好評を博しているようです。しかし、これらは水車といっても電動モーターを動力としています。純粋に水力だけで回転するのは、千歳川と青森県おいらせ町・奥入瀬川の2ヶ所のみとなっています。
水車が使用できる川は、水量の安定が不可欠です。水車が回らなくなってしまう渇水や、サケが柵を越えて遡上してしまうような増水がたびたび起きるのでは、効率の良い捕獲はできません。
千歳川は上流部に支笏湖があり、さらにそこから5つの発電用ダムがあることによって、水量がほぼ安定しているので、この漁獲方法が使えるのです。
ただあまりにも遡上数が多かった日(1日に3万尾以上!)は、その重みで水車が回らなくなってしまったため、人力で回したこともあります。

歴史

インディアン水車設置の歴史

「インディアン水車」は、のちに北海道庁初代水産課長となった「伊藤一隆(いとうかずたか)」が明治19(1886)年、水産事情調査のためにアメリカに渡った際、西海岸のコロンビア川で実見し、日本に紹介したのが始まりです。
明治20年に帰国した伊藤は、自ら千歳川の調査を始め、古くからサケの天然産卵場として知られていた千歳郡烏柵舞村(うさくまいむら)字ルエン(現在の資源管理センター千歳支所の辺り)を、ふ化場建設の地に選定しました。そして1888年、千歳川でサケのふ化事業が始まったのです。

伊藤 一隆

しかし、当初から親サケの捕獲に捕魚車が使われていたわけではありません。千歳川で初めて捕魚車が使用されたのは明治29年(1896年)11月。ルエンにあった採卵場を10kmほど下流の千歳駅逓所(とんしょ;現在の千歳橋上流)に移転した際に導入されました。
明治30年には現在の根志越に移動し、様々な改良が重ねられて現在の姿になりました。そして平成6年、千歳サケのふるさと館オープンにあわせ、今の場所(千歳市花園)に設置されたのです。

初期の捕魚車

根志越にあった頃のインディアン水車
(1990年10月撮影)

「インディアン水車」の名の由来

伊藤一隆が日本にこの漁法を紹介したとき、水車は「捕魚車」と呼ばれていました。「インディアン水車」という呼び名が一般化したのは昭和46年(1971年)頃からのようです(鮭の文化誌(1982年)/北海道新聞社)。
しかし北アメリカにおける捕魚車の発達を調べてみると、その起源は少なくとも原住民族ではなかった(千歳川の捕魚車の発達に関する若干の考察(1992年)/ 山田 健 / 北海道開拓記念館調査報告 第31号)ことがわかってきました。
またコロンビア川でサケ漁に従事したのは、フィンランド、ノルウェー、デンマークなどの北欧から移住者およびその子孫だったようで、どうも原住民族がこの捕魚車を使っていたかのような「インディアン水車」という呼称は、その歴史について誤解を招きかねないもののようです。

こうした背景をふまえ、現在はその名前の由来を「インディアン地区があるコロンビア川で使っていたものであったということから付けられた」と解説し、なるべく「捕魚車」という名も紹介するようにしています。

捕獲数の推移

1888年から千歳川で始まったふ化事業ですが技術や経済的な事情から、ふ化事業の努力にもかかわらず日本のサケは200~500万匹を守るのがせいぜいでした。そうした低迷期が、ふ化場が誕生してからおよそ80年も続きます。
ところが1970年を過ぎてから、回帰するサケの数がどんどん増えだしたのです。これには研究の結果による数々の技術の転換があったのですが、それは「発明」などという全く別なものではなく、「自然の仕組みを見極める」ことにほかなりませんでした。
それからは5年で2倍づつの勢いで増え、1990年代半ばには北海道だけでも6,000万匹、日本全体では9千万匹に届くかという勢いで、以前は1.0%以下だった回帰率(サケが戻ってくる割合)も、4~5%にまで上昇しました。しかし、その後サケ資源は徐々に減少に転じ、近年(2020年頃)には全国で2千万~3千万匹程度となってしまいました。減少の原因を解明し、できるだけ早いサケ資源の復活が望まれています。

※ここでいう回帰率は「沿岸回帰率」のことを指しています。つまり、人間の定置網によって沿岸で捕獲されたサケも含まれている数字なのです。網をかいくぐり実際に生まれた川まで戻っていけるのは、沿岸に戻ってきたサケの更に10分の1程度だといわれています。

FLOOR MAPフロアマップ

学習ゾーン

学習ゾーン

サケについてより深く知ることができる「なるほど!?サーモンルーム」やイベントなどで利用する学習室があります。

サーモンゾーン

サーモンゾーン

3つの大きな水槽が立ち並び、サケの仲間が稚魚から幼魚、そして成魚へと成長する姿をご覧いただけます。

支笏湖ゾーン

支笏湖ゾーン

「支笏湖ブルー」と称される深い碧色を再現した水槽で、実際に支笏湖に住む生き物たちをご覧いただけます。

体験ゾーン

体験ゾーン

タッチプールやドクターフィッシュ、アメリカザリガニの釣り堀など、実際に触れて学べるゾーンです。

カイツブリ水槽

カイツブリ水槽

館内唯一の鳥類「カイツブリ」の水槽です。潜水してエサを獲る様子をご覧いただけることもあります。

ショップ

ショップ

水族館を楽しんだ後はショップにお立ち寄りください!オリジナルグッズや企画展関連グッズも取り扱っています。

千歳川ロード

千歳川ロード

千歳川を上流・中流・下流の3つの水槽に分けて展示、水域ごとに異なる魚たちの様子をご覧いただけます。

世界の淡水魚ゾーン

世界の淡水魚ゾーン

日本だけでなく東南アジアや北米、南米、アフリカなど、バラエティーに富んだ世界の淡水魚たちをご覧いただけます。

水中観察ゾーン

水中観察ゾーン

日本でここだけ!千歳川の左岸に設置された水中観察窓から、自然のままの千歳川の中の様子を観察いただけます。

インディアン水車

インディアン水車

ふ化事業に用いるサケの親魚を捕獲するため、夏の終わりから初冬まで設置される千歳川の風物詩です。